旅立ちがてら予習しましょう


はじめまして!
簿記から太陽光、そしてゲームまで、いろんなものに携わっている “さすらいのクリエイター”のカミヤです。
さて、撮り(録り)鉄、乗り鉄、様々な鉄趣味な方がいらっしゃいますが、私は“旅鉄”。
いや、すみません、単純に車を持っていないので、各地に行く際は公共機関で移動するしかないので、無理やり“旅鉄”と名乗っています。なので、鉄知識は皆無です、すみません。
私、月に一度・・・いや、お金があれば、それこそ毎日でも旅したい人でして、ただ、ここ最近はお財布がスズメの羽よりも軽い状態で、なかなか遠方に出かけることが出来ず、悶々とした日々を過ごしていました。
そんなある日、駅すぱモールさんから「阿武隈急行の車両基地、行ってみる?」と声をかけていただき、無論、ふたつ返事!
特撮LOVEな私。基地という響きが私の心を熱くさせます!
ということで、6月19日の月曜日、さっそく行ってまいりましたので、レポをお届けします。

◇◆◇◆◇

東京から福島まで約90分。ちょっと寝たら、もう到着です。

福島といえば、有名な音楽家、古関裕而の出身地。名前は知らずとも、今から53年前の東京オリンピックの開会式で流れ、今も、耳にする機会の多い“オリンピックマーチ”や夏の甲子園大会の大会歌“ああ、栄冠は君に輝く”や、有名な“モスラの歌”などの日本を代表する作曲家です。

駅前にはピアノを弾く彼のモニュメントがありますよ。

さて、ここで阿武隈急行の説明を簡単に。

戦後、人が増えたので福島から仙台へ続く東北本線の輸送量を増強しよう!となったのですが、当時の列車の性能だと福島駅近くの急勾配の越河峠(こすごうとうげ)越えが厳しく、遅延が多かったんですね。
そこで、この越河峠を迂回した福島~仙台へのバイパス路線を作ろう!ということで、国鉄(当時)は1968年に、まずは、槻木から丸森を結ぶ丸森線を作ったわけです。ところが、列車の性能が上がったりして東北本線で十分となったので、本来、福島駅まで行く予定を中止。しかも、丸森線も廃止するかもとなったわけです。

そこで、「ちょっと待って!」と地域の人たちが声を上げ、自治体と企業が協力し第3セクターの鉄道会社「阿武隈急行株式会社」を作り、1988年に、ようやく槻木と福島の区間が完成したわけです。
今では仙台駅まで乗り入れしているので、福島駅から仙台駅まで阿武隈川に沿って繋がっているのです。

さあ、車両基地のある梁川(やながわ)駅へ出発!

 

NEXT『カッコ凄い保線車両たち』

梁川駅に到着したさすらいのクリエイター。早速車両基地を訪れると、マルタイのゴツいフォルムに大興奮!特撮的魅力があふれる軌道モーターカーも見逃せません!

『新しい魅力発見!阿武隈急行備忘録』一覧はこちら

駅すぱモールの阿武隈急行グッズはこちら